1日1日一歩ずつ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback -- | comment -- | edit

PAGE TOP

今日という日も絶対に忘れない。 

きのうケータイから投稿したはずの記事がうpされてなかった・・・

下書きにもないし、いったいどこへ・・・?




というわけで初・更新できずな日でした。




今から言うことはここで書くべきなのかどうか迷いました。

でもここで書くことによって区切りがつく気がするので書きます。


おととい祖母が亡くなり、きのうお通夜、今日告別式でした。

きのうは一睡もしていません。
祖母は今までもっとつらい思いをしてきたのだから、せめて最後だけは自分もがんばろうと思ったから。



祖母は自分の家族にいつでも会えるからと
車で10分ほどのところへ10年ほど前に叔父とともに引っ越してきました。

祖母は典型的な気丈な人で、小さいときはよく怒られることもありました。(もちろん普段は甘々)



でもおととしから少しずつ、認知症の症状があらわれはじめ、
おととし10月、入院しました。

それから家族の生活は変わりました。
娘である母は毎日のように遠く離れた病院へ通っては話をしに行き、家事もおろそかになったりと。

でもどんどん病状は悪化していきました。

暴れたりするため施設を追い出されたりけがをしたり、
そのたび母は深刻に悩んでいたし、母の次に多く会いに行っていた自分も本当につらかった。

会いに行っても誰だが認識してくれているか分からない状況になっても
母はいつも言いました。

「生きていてくれればいい。」


自分ももちろんそう思っていたけど、心の底では、母にはもう苦労してほしくない、とも思った。



体だけは丈夫だった祖母だったけど
去年8月、事態は急変。

なんかカタカナの、めちゃくちゃ珍しい薬害で寝たきりになってしまい、
薬も飲めないためどんどん、自分たちのことは分かってもらえなくなっていきました。


花火は終わらない

この記事は、そのとき部活帰りに寄った病室から撮った花火。

母が祖母に「花火きれいやろー」って言ったら
「うん。」って久々に会話が成立したのを覚えてる。


そのときは本当に危なかったのだけど、奇跡的に助かった。



そのまま月日は過ぎ、去年末、風邪をひいたのが原因でした。

おととい、危ない状態だから病院に行くよう言われて行ったら
母が祖母の横で泣きながら叫んでいました。

こんなに泣く母を見たのは初めてかもしれない。
あっけにとられながらも自分も顔を覗き込んで、来たことを伝え、
大叔母に電話しようとしているところで息が絶えたようでした。

大叔母は本当にどんと構えている人だったけど、
到着して間に合わなかったことを知るとやはり泣きました。

旅行行こうって言ってたのに・・・って言ってたのは忘れられない。



きのう、父は家族がいるところで言いました。
「(自分)が来るんを待っとったみたいだったよな。ほんまに。」

自分はその場にはいられなくなりました。




きのうの夜中、母と遺影の前をうろうろしていて
母は、「ばあちゃんに会いたいなぁ。何もわからんでもいてくれるだけでよかったのに。」

と言いました。

同感だった。
うん、としか言えなかった。

ただ、いてくれるだけでどれだけよかったか・・・。




僕は正直、ばあちゃんに甘やかされて育ちました。

こんぴらさんに一緒に行ったことも、
隣町のコンビニまでいってお菓子を買ってもらったことも、
正月に会いに行けずに怒られたことも、
母のパート中家に預けられたことも、
ざるそばのつゆに大嫌いな鰹節がやまほど入っていたことも、
爪を噛んでいると「ばあちゃんの爪あげようか」と言ってからかわれたことも、

全部覚えてる。



言葉もしゃべれなくなり何もわからなくなった最後の方も
自分が行くと何か反応してくれ、何かしゃべろうとしてた。

気のせいじゃない。

病院の人とかも驚いてた。
あのうれしそうな笑顔のために、いつも見せてくれるわけではなかったけど
休日返上で会いに行った。




でも、後悔してることもある。

中高のとき、もっともっと会いに行けばよかった。
家に来ると言われても嫌な顔するんじゃなかった。
いつも試合を観に行きたいと言ってたのにほとんど呼んであげられなかった。





最近車に乗るようになった自分だけど
祖母がずっと前言ってたことを思い出す。

「(自分)ちゃんが運転する車に乗りたいけど、生きてないかなー。」





もう・・・
あと、ちょっとだったのに。

いまなら明日にでも乗せてあげられるのに・・・。





僕は今日、本当の悲しみを知りました。

涙が自然にあふれてくる、ということの意味、
そして出始めたら止まらないことを知りました。

きのうまではずっと我慢してたけど、
今日は我慢できなかった。

家族の前で泣くのは小学校以来かもしれなかった。

なんだかんだ、結局自分はあまえったれの末っ子に過ぎなかった。








ああ・・・

ばあちゃんは見てくれとんかな。


見てくれているのなら、
これから好きなだけ試合に出てるとこを見て、
スーツ姿の自分を見て
そして何かあったら自分や家族を守ってほしい。


一度も言えなかったけれど
態度にも表せられなかったかもしれんけど
心から大好きだった。


まだまだいてほしかったけど
もういなくても頑張らないといけない時が自分や母、叔父には来たのかな?



もう怒られるところがないような人間に、何年かけてでもなる!



いろんなこと教えてくれて本当にありがとう。

そして、もっといっぱい楽しませてあげられなくてごめん。
スポンサーサイト

PAGE TOP

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

アクセスランキング

閲覧数

閲覧数

卓球ゲーム

天気予報

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。